大村西崖関連エントリー

Report 21世紀の空海密教を語る

... 6人目は大村西崖。西崖は密教美術史全5巻をつくったことで知られていますが、じつは東京美術学校の教師であり天心の弟子なのです。 7人目は菊池寛です。弘法大師入定1100年を記念して『十住心論』を書いたことで有名ですね。そして8人目は岡本かの子です。 ...

Report 21世紀の空海密教を語る

人文という価値観の変遷

... 天心らによって 東京美術学校 教授に推挙された高村光雲 *2 の弟子の彫刻家・ 美術史 家&批評家である大村西崖(1868~1927)は1921年に訪中し、人文画家であり 美術史 家でもあった陳師曾(1876~1923)と人文画の芸術性につい ...

人文という価値観の変遷

日本書誌学大系「鈴木其一書状」

... 其一に関する文献としては、明治42年の大村西崖「東洋美術大観5」がもっとも重要だということだ(国会図書館でマイクロフィルムでのみ閲覧できる)。辻惟雄(若冲発掘者としても有名)は本書をもとに其一伝を書いたのだそうだ。 ...

日本書誌学大系「鈴木其一書状」

嶺南画派の創始人--高剣父

... および「中日美術会館」建設計画、大村西崖、呉昌碩、王一亭などによって日中両国の美術交流の場として建設された「西湖有美書画社」、大村西崖による、当代中国絵画と画家略伝を編集した『禹域今画録』の刊行、渡辺晨畝と荒木十畝傍の発案で1921年から ...

嶺南画派の創始人--高剣父

大村西崖とは?

大村 西崖(おおむら せいがい、明治元年10月12日 (旧暦) 10月12日(1868年11月25日) - 昭和2年(1927年)3月8日)は、日本の美術史家・美術評論家。本名は、塩沢峰吉。雅号は、無記庵、など。多数の著書、美術書を刊行した。
遠江国富士郡岩淵村(現・静岡県富士市)に生まれる。新間雲屏に師事して絵画・彫刻・鑑定を学ぶ。
1893年に東京芸術大学 東京美術学校彫刻科を卒業(第1回の卒業生であった)後、京都に赴き、教員や雑誌編集者を務める。1896年に母校である東京美術学校の助教授に採用される。一時退職していたが、1898年に復職して、1905年に教授にすすんだ。彫刻、美術、美学、考古学、東洋史、東洋美術史を講じた。
「無記庵」の号で『毎日新聞 東京日日新聞』に美術批評を寄稿した。東京国立博物館 帝室博物館監査部彫刻科主任、古社寺保存計画調査員を歴任した。『密教発達志』全5巻により帝国学士院賞を受賞した。

大村西崖の詳細